救急救命士の仰天現場 パラメディック119~すべては救命のために~

パラメディック119-すべては救命のために-
救急隊員たちの現実

パラメディック119救急隊員たちの現実生きるべき傷病者なのか?それとも… up data 2007.5.5

生きるべき傷病者なのか?それとも…

 救急救命士、救急隊が判断する大変重要な項目のひとつに搬送先病院の選定があります。傷病者を適切に観察し症状、科目、搬送先病院までの距離などなど様々なものを踏まえ傷病者にとってベストだと思われる病院を選定します。病院選定の過程では常に葛藤と迷いがつきまといます。腹痛を訴える若い女性、「直近、3分で搬送できる内科に運ぶ」「いや、婦人科系の病気も考えられる、妊娠の可能性だってあるかもしれない、10分かけても産科婦人科も診られる病院へ」救急車にある限られた資機材で分かることは限られます。とにかく近くの病院に早く搬送する。早く医師に診断、判断をゆだねる、それもひとつ。あらゆる可能性までを踏まえて少し搬送時間がかかってもその可能性に対応できる病院に搬送する、それもまたひとつ。どちらも傷病者にとってそれがベストと判断したのです。救急救命士、救急隊によりかなりの裁量の余地があるのです。搬送先病院の選定での迷いは日常のこと、これは救急隊の宿命でしょう。今日のお話はこの究極です…、せめてこの究極からは開放してほしい、そんなお話です。

 「救急隊、消防隊出場、Sさん方、80代の方はCPAの模様」指令の段階で心肺停止状態との情報があるため消防隊も同時出場となった事案でした。

 現場到着。傷病者はSさん、80代の男性でした。傷病者がいる部屋に入った瞬間、心肺停止状態であることは明らかでした。
救急隊長「CPA!CPRだ!」
救急隊員「了解!消防隊は心マを支援してください」
現場には消防隊も同時に到着しています。私の隊ではこういった場合、心臓マッサージを消防隊に実施してもらい、救急機関員が人工呼吸の管理、救急隊員は救急救命士が行う特定行為の準備を、そして救急隊長は家族から情報を取って医師へ連絡、特定行為の具体的指示を得る。そんな形ができあがっています。救急機関員はバックマスクで人工呼吸を救急隊員はAEDを装着、心電図波形は心静止であることを確認しました。これから行うであろう特定行為、器具を使った気道の確保の準備を始めました。救急隊長が落ち着いた口調で家族から情報を取ります。
救急隊長「ご家族の方、Sさんなのですが、呼吸も脈拍も感じられない状態です。今、心肺蘇生法を実施しています。Sさんは何かご病気をお持ちの方ですか?かかられている病院はありませんか?」
Sさんの娘さん「父は…末期のがんです。もう余命もないからと先週A病院から退院してきました」
救急隊長「末期のがん、A病院での治療はもう行われていないと言うことですか?」
Sさんの娘さん「退院したのは家族との時間を過ごすためです、A病院の先生にも何かあったら連れてくるように言われています」
救急隊長「…そうですか、ご家族としては患者さんに負担になるような蘇生処置は望まれませんか?」
Sさんの娘さん「はい、A病院に運んでもらえれば」
救急隊長「分かりました」
Sさんの娘さんは涙を浮かべ、他にも家族の方が数名いましたがみなさん覚悟はできている様子でした。パニックになることもなく落ち着いており、「来るときが来た」そんな感じでした。
救急隊長「特定行為は実施しない、2次選定(一般の救急病院)、機関員はA病院に連絡、搬送準備しろ」
救急隊員・救急機関員・消防隊長「了解!」
家族の希望、傷病者の状況から救急隊長は救急救命士が行う特定行為などは実施せずかかりつけのA病院への早期搬送を判断しました。消防隊の協力を得つつ、心肺蘇生法を行いながら搬送を開始しました。

 車内収容。消防隊の協力があります、マンパワーがあるため救急機関員はすぐに出発できるよう運転席へ、A病院に連絡中です。
救急機関員「受け入れができない?そちらにかかりつけの方なんですよ、先週、退院してきた方です。何かあったら連れてくるようにドクターにも言われているって…、急変…処置中…、そうですか分かりました…」
救急隊員(受け入れできない!どうするんだよ!)
救急機関員「隊長!A病院は受け入れできないって、処置中!」
救急隊長「かかりつけだぞ」
救急機関員「向こうも病棟の患者さんがCPAだって、とても無理だって…」
救急隊長「…そうか。ご家族の方、よろしいですか」
Sさんの娘さん「はい」
救急隊長「A病院にはお連れで来ません、今、A病院の先生は処置中で手が離せないそうです。救急隊でお連れする病院を決めさせていただきます」
Sさんの娘さん「A病院にずっとかかってきたんです。どうにかなりませんか?」
救急隊長「Sさんね、お気持ちは分かります。でもね、A病院の先生も今、大変重篤な状態の患者さんの処置をされている最中だそうです、他の病院を探します」
Sさんの娘さん「分かりました…」
救急隊員(他の病院ってどこ?どこが受け入れてくれる??)

 ここで簡単に2次病院と3次病院の説明を簡単にしておきます。2次病院とは一般の救急病院のこと。病院にもよりますが当直の先生が病棟の急変などに備え泊まっている片手間で救急患者を診るなんてケースが多いです。2次病院にも救急専門に勤務サイクルを設けてる病院もありますが、どちらにしても患者さんに対応するのは1名の医師、1,2名の看護師と言う場合がほとんどです。一方、3次病院と言うのは救命センターに代表される「救命」を主眼とする高度医療処置が24時間体制できる病院です。心肺停止状態の方や高度の外傷など生命の危機が迫っており一刻も早く高度な医療を受けなければならない傷病者を搬送すべき病院です。高度な医療を提供する病院ですので24時間複数名、複数科目の専門医がおり、看護師や他医療従事者もいます。この事案の場合、救急隊到着時に心肺停止状態の重篤な傷病者ですから3次の病院に搬送すれば良いのですが、そうもいかない事情があって…。

 この時、ベテランの救急隊長も判断に迷ったと言います。どこの病院に搬送すべきか。
救急隊長「助言要請を入れよう、機関員こっちへ(後部座席)CPRを継続しろ」
救急機関員「了解!」
救急隊員と救急機関員で心肺蘇生法を継続、救急隊長は医師に助言を求めることにしました。助言要請とは救急救命士が判断に迷った等の際、消防の本部に常駐している医師に判断を仰いだり相談したりすることを言います。
救急隊長「先生、○救急隊です。傷病者は80代の男性の方で…」
救急隊長が状況を説明します。
本部の医師「状況は分かりました」
救急隊長「先生、搬送先医療機関はどのようにすべきでしょうか?ご家族の希望は積極的治療は望まないとのことです。かかりつけの2次、A病院は処置中で受け入れできないそうです」
本部の医師「…2次で診てもらう(実質看取ってもらう)のが良いのだろうけど…受け入れてくれる病院なんてすぐに見つからないね、3次に搬送するしかないでしょうね」
救急隊長「…そうですね、分かりました、搬送先医療機関は3次救命センターにします」
医師の助言の下、3次救命救急センターへ搬送することとしました。

 病院到着。
救命センター医師「救急隊さん、この患者さんはうちじゃなくちゃダメな患者さんじゃないでしょ?」
救急隊長「先生のおっしゃりたいことは良く分かります、ですが…かかりつけの2次病院は急変の患者さんの対応中で受け入れを断られてしまったんです」
救命センター医師「ここは3次の病院です。救命しなくちゃいけない患者さんを助けるためにあるんですよ。末期のがんって分かっている患者さんを運び込んで、今この時に3次じゃなくちゃいけない人がいたら…分かりますよね?」
救急隊長「分かります…」
救命センター医師「救命センターの医師もベッドも処置室も限られているんですよ。2次がダメだから3次と言うのは間違いです。」
救急隊長「はい…、申し訳ありませんでした」
救命センター医師「いえ…救急隊長さんが誤ることじゃないことは私も分かっているんですけどね…」
Sさんは救命センターに運び込んですぐに死亡が確認されました。「心肺停止 死亡」

 救急隊や医療従事者の方が読めば分かることでしょうが恐らくそうでない方には分からないことも多いのではないでしょうか。この手の問題は救急隊や救急医療に携わる医療従事者には必ずつきまとう問題です。今回の事案のように末期のがん、もうあとはお迎えが来るのを待っている患者さんの対応です。どこで最後を看取るか、現在の日本ではほとんどの方が病院で最後を迎えられます。死亡の確認をするのは医師ですからよほどの例外でない限り、病院へと搬送し医師が診て死亡と判断します。家族の希望も積極的救命を望んでおらず、むしろただかかりつけの病院に運んでもらって、死亡を確認してもらえればよかったのです。A病院が受け入れ可能であったなら、これまでの経過、カルテもあります。先週、家族との時間をつくるためにと退院させた経過からA病院の医師が受け入れたのなら、きっと積極的治療をすることなくただ死亡を確認したのでしょう。今回、A病院では病棟の患者さんが急変し受け入れることができませんでした。A病院に搬送できないことでいくつもの大きな問題が発生しました。

 1つ目に2次の病院では受け入れられる病院はない、またはあっても少なくとも見つかるまで相当の時間を要することです。先ほども触れたように2次の病院では当直医1名、看護師1,2名で対応すると言うのがほとんどです。心肺停止状態の患者さんを運び込み対応するのは難しいでしょう。さらに新規の初めて診る患者がすでに心肺停止状態、何も分からない患者がそういった危機的状態なのです。簡単に受け入れられる訳がありません。家族は2次の病院を希望していました、でも2次の病院への搬送は難しかったのです。

 2つ目に2次で受け入れられる病院がないだろうと私たちは医師にも助言を求めた上で3次救命センターに搬送しました。救命センターの医師にも指摘を受けたようにこれも問題があります。救命センターの医師の言う通りです。3次の病院だって有限です。もう後がないと分かっている方を運び込み、その間に本当に救命センターでなければ助けられない人が出た場合…、また救命センターの使命は当然救命です。救命センターに運び込まれた以上、家族が望んでいない積極的治療が行われます。人工呼吸器を付けられ数週間延命できた場合、数百万円にものぼる医療費が発生します。その間救命センターのベッドは埋まり受け入れられる患者の数も減ってしまいます。私の町はまだ複数の3次病院を持つ大都市ですからいくらかましです。地方によっては県に1つとか2つとか、3次の病院とは本当に限られた特別な病院なのです。

 3つ目に死亡原因があります。かかりつけの医師であればこれまでの経過、カルテがあります。死亡原因も「肺がん」などとなったと思います。救命センターの医師ははじめてその患者さんを診る訳です。「心肺停止」としたのも救命センターの医師ががんであることを確認した訳ではないからなのでしょう。また救命センターの医師がそれを確認して死亡原因を探る意味もありません。かかりつけに搬送すれば受けないで済む解剖などを受けなければならなくなる可能性もでてきます。さらに、こういった方が生前、多額のがん保険に加入されており遺族が保険会社とトラブルになった事案もあると聞いています。保険会社は死亡原因は「がんではないから」と主張してくると言うことです。他にも問題点はいくつも挙げられます。

 帰署途上。
救急隊員「隊長、ずいぶんと先生に言われちゃいましたね、でも他に選択肢なんてないですもんね」
救急隊長「まあね、オレたちもできる範囲で一生懸命やったけど先生の言うことも間違ってないからね、最後をどこでどう看取るか制度もなんにもないからね」
救急機関員「オレは何も間違っていないと思いますけどね、心肺停止状態の傷病者がいたから重篤と判断して3次選定した、活動基準に準じた活動じゃないですか」
救急隊員「そうですよね、オレもいつもこの手の事案に当たった時思います。いくら高齢とか末期の傷病者でもその人を2次にすべきか3次にすべきか判断するって実質、生きるべき傷病者なのかそうじゃないのか救急隊が判断するって事ですよね、そんな権限救急隊にも医師にも誰にもないんじゃないでしょうかね」
救急機関員「そうだよな、いつだってそういう傷病者なら3次に搬送すればいいよな」
救急隊長「まあそれが正論だね、人命は地球より重いって国だから。でもそれじゃ後がないことが分かっている人のために助かった人が死んでいくよ」
救急隊員「…そうですね、どうすればいいんですかね?」
救急隊長「さあ?どうすればいいんだろうね??」
救急機関員「現場レベルの問題じゃないですよね、もっと上の偉い人にどうにかしてもらわないとね」

 実際、この手の問題は全国で上がっているようです。国や地方でも議論されはじめてはいるようです。ただまだこれと言った進展は見られていません。現場では制度も基準もないまま救急隊や医師など現場の裁量に投げられているのが現状なのです。どうすべきかどうあるべきか??葛藤と迷いの中で彷徨っています。

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