あなたの家族でも同じようにする?
私が救急隊員になったばかりの頃、組ませていただいた救急隊長にこんなことを指導していただきました。私は今もそれを大切に活動しています。隊長に教えてもらったのは、「この人が自分の家族だったらどうだろう」といつも現場で考えることです。
私たち救急隊の活動は様々な法律や規則、プロトコールなどに縛られます。傷病者や家族が希望することでもできないことはできません。ただ、現場はルールで回らないことも多々あります。「決まりだからできません」では納得してもらえない。そんな時、傷病者が自分の家族ならどうするのがより良いのかを考える。「それはできませんが、このようにしましょう、それが患者さんにとっては良いと思いますよ」そう言ったちょっとした思いやりが実は知識や技術なんかより救急隊員にとっては大切なのかもしれません。…話にならない人を扱うこともとっても多いのですがね。
「この人が自分の家族だったらどうだろう」と考える。これは何も救急隊員にのみ必要なことではありません。住民のためにいる消防官みんなが心に留めておかなければならないこと。消防官だけではありあませんね、住民のために働いている公務員ならみなが持っているべき考え方でしょう。こんな当たり前のようなことがなかなか当たり前にできないのですが…。今回のお話はいつも救急隊員たちを悩ませてくれる警察官からの困った救急要請についてです。
深夜も深夜、もう朝が近づいていました。ここまで十数件の出場をこなしもちろん仮眠も全く取れていない。そんな病院からの帰署途上でした。
救急隊長「ああ嗚呼…もう本当に疲れた…、帰って寝ても1時間ちょっとか」
救急機関員「もう寝ましょう。こんな事していたらこっちがいかれちゃいますよ、なあ?」
救急隊員「…zz」
救急機関員「なあって?」
救急隊員「え!え?何がですか?」
救急隊長「早く帰って寝ようって話」
救急隊員「そうですね、もちろんですよ」
救急機関員「お前寝てたろ?」
救急隊長「おいおいおい!あれは…」
片側2車線の主要道路、もうあと5分ほどで消防署に帰り着くというその場所で大型トラックが中央分離帯に乗り上げていました。
救急機関員「停車しますよ、怪我人いないだろうな?」
救急隊長「あ!大丈夫だ、警察官が事情聴取している」
救急機関員「本当だ、助かったぁ~」
トラックから少し離れた歩道側にパトカーが停車しており、さらに警察関係車両が数台、現場検証を行っていました。トラックの運転手さんであろう男性が警察官の事情聴取を受けていました。事故現場に怪我人がいれば現場の警察官から救急要請が入ります。怪我人がいたのならもう既に搬送されたか、もしくは怪我人が発生していない事故なのか。
救急機関員「良かった…帰って寝よう」
このまま何事もなく休めますように、1時間ちょっとでもせめて仮眠できますように…。
そんな願いも空しく消防署に出場指令が響き渡りました。「救急出場、○丁○通り上り車線、トラックと乗用車の交通事故、怪我人が1名、警察電話より」との指令に私たち救急隊は飛び起きました。あぁぁ今夜も1時間も仮眠できなかった…。出場準備を整える隊長、隊員
救急隊長「○丁の○通りってさっき事故車両が停車していたよな?」
救急隊員「あ!そうだ、そう言えば、ひょっとしてまたですかね?でも乗用車はなかったみたいだけど」
地図を確認した救急機関員が救急車に乗り込んだ。
救急機関員「…さっきのあそこです」
たまたま同じ場所でまたトラックが事故を起こしたのではないのか?ご覧のみなさんはそう思われることでしょう。もちろんその可能性もある、現場は行ってみないと本当に分かりません。あらゆることを考えて現場に備えるのが私たち救急隊の努めです。が、現場を知る救急隊の方ならまったく違うストーリーが想像できると思います。たださっきの帰署途上、乗用車は事故を起こしているようには見えませんでした。別件の事故なのか?
現場到着
…やっぱりね。先ほどまで中央分離帯に乗り上げていたトラックは片側2車線の歩道側に移動されており、さらにそのすぐそばには先ほどは確認できなかった小型の乗用車が停車してありました。警察官が手を振って案内していました。先ほどまであった他の警察車両はもう既に現場にはありませんでした。
警察官「こちらの方が怪我人です、お願いします」
救急隊長「オレが情報取るから」
救急隊員「了解」
救急隊員は傷病者の観察、処置を救急隊長は要請した警察官から情報を取ることとしました。傷病者は小型乗用車の運転手、30代の男性Kさんでした。事故の内容は、走行していたトラックが前方を走る小型乗用車におかまをほり、びっくりしてハンドルを切ったところ中央分離帯に乗り上げてしまったとの事でした。どうやらトラック運転手が居眠り運転をして前方の車に衝突してしまった事故とのことでした。傷病者であるKさんは走っている中、後ろから追突されたので、たいした衝撃ではなかったとのことでした。主訴は「首が何となくダルい」外傷はなく、もちろん自力歩行は可能でした。Kさんの運転していた小型乗用車も確認しましたが、大型トラックが衝突した割にはバンパーが少しヘコんでいる程度の変形でした。
救急隊員「そうですか、それでは首を固定させてくださいね、救急車の中で他にお怪我がないかよく見せてください」
車内収容
Kさん「別に病院に行くほどじゃないですよ」
救急隊員「そうですか、でも首が痛まれるんですよね?診察してもらった方がいいですよ、血圧測らせてもらいますからね」
Kさん「はい、分かりました」
救急隊員「それではKさんは走っているところに後ろから追突されたんですか?」
Kさん「そうなんですよ、ただ私も走っていたからたいした衝撃じゃなかったんです。トラックの方がその後、中央分離帯に乗り上げちゃってね」
救急隊員「それはいつのお話ですか?」
Kさん「もうね…そうだな、1時間以上前ですよ」
そうでしょう、さっきの帰署途上に現場検証をしていたくらいです。その後私たちが仮眠をとって要請され今です。もう現場検証を終えた警察車両がすっかりいなくなり、パトカー1台しか停まっていないのです。事故が発生して1時間以上は経っているはずですよね。Kさんはバイタルサインを測定している中でもこんな会話ができるくらい元気な方でした。警察官から情報を取ってきた救急隊長が救急車に戻ってきました。
救急隊長「Kさん、病院に行った後、おまわりさんに連絡してくださいね」
救急車のサイドドアから顔を出す警察官
警察官「じゃあKさん、さっきも話ししたけど病院で診察してもらって、診断書もらってから警察署に連絡して下さい。連絡先はさっきお渡しした番号です。交通捜査の○が担当している○丁の事故って言えばすぐに分かるようにしておくから」
Kさん「はい、分かりました」
救急隊員(やれやれもう充分に話はついているか…)
救急隊長「これから病院を選定しますから、病院が決まったらお知らせします」
警察官「分かりましたお願いします」
そう言うと警察官は救急車のサイドドアを閉めてパトカーの方に戻っていきました。
Kさん「本当たいしたことないんですよ。なんか救急車なんて大げさだから嫌だなぁ。警察の人が救急車で病院に行かないと人身事故にならないから救急車呼ぶって言うから…」
救急隊員「…そうですか」
救急機関員「…」
救急隊長「別に病院は救急車で行かないといけないなんてことはありませんけどね、すぐそばに病院がありますからそこに連絡取りますからね」
Kさん「そうなんですか?おかしいな?警察官は救急車じゃなくちゃいけないって言ったんだけど、すみませんね、お願いします」
病院はすぐに決まりました。
救急隊員「おまわりさん、○病院に行きます」
警察官「了解しました○病院ですね、ではお願いします」
救急隊員「…救急隊は出発しますね」
事故が起きてから1時間以上経ってから救急要請?救急車は緊急車両ですよ?ねえおまわりさん、この方があなたの家族ならあなたは同じようにするの?いつもいつも現場で聞きたくなるのは私だけでしょうか?Kさんは「頸部打撲
軽症」でした。
帰署途上
もう朝になっていました。結局、今夜も1時間も仮眠できなかった…。
救急機関員「こういうの本当にどうにかならないかな…」
救急隊員「現場検証が終わって、処理も全部終わってそれから患者を病院に運べって言うんだから困りますよね」
救急隊長「現場でどうこうできる問題じゃないよ、組織を挙げて対応しなくちゃいけないんだろうけど…変らないだろうな…」
救急機関員「あの人が病院に行かないと困るんだろ?警察官は」
救急隊長「診断書がないと怪我をした証明できないだろうからな、人身事故で処理するならオレたちに運ばせれば間違いないってことだろ?」
救急隊員「同じ公安職の公務員ですら救急車の適正利用をしてくれないんだから、一般の人に適正利用を訴えるなんて無理な話ですよね…」
この手の事案、本当にしょっちゅうです…。現場の救急隊員ならもう嫌ってほど似たような事案を経験しています。仮に自分の家族が事故にあって軽症な状態であっても「処理を終わらせてから病院」ってなるでしょうか?まず怪我人の救護、それが事故の対応ではないのか?法律うんぬんの問題ではありませんね?人として、まず怪我をしている人の救護、それからじゃないのか?「この人が自分の家族だったらどうだろう」と考える。なかなかできないことなんですね。
この記事へのご意見・ご感想、追加、修正などなどをお寄せください。似たような事案を経験している救急隊の方、たくさんいるはずです。お話を聞かせてください。また、こんな経験をした交通事故を起こされた方もたくさんいるはずです。現場の警察官の方、異論や反論もあるはずです。是非ともご意見をお聞かせ下さい。パラメディック119ブログ版・救急救命士の待機室にコメントを残すことができます。
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